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日本の将来を憂う
菅総理大臣が退陣を表明され、民主党の代表選挙が始まろうとしている。
また総理大臣が変わるのかと、多くの国民や国際社会から、冷めた視線を浴びせられている。
議院内閣制の下で、日本の総理大臣は国会が選ぶという大原則から、国民が直接関与しないところで、日本の総理大臣は決められる。
国民が不在のまま、政治家同士の駆け引きで日本のトップが選ばれ、、また国民が不在のまま、政治家同士の駆け引きで、日本のトップが退陣するといったことが繰り返されている。
参議院が強すぎるため、ねじれ国会の下では政局が必ず息詰まることが主な原因のようだが、どうもすぐ変わる総理大臣自信に、短期政権の責任を押し付けがちである。確かに、小泉さんのような長期に続いた政権もあるが、今の制度のままだと誰が総理大臣になったとしても、短命の政権になる可能性が高い。
根本的な制度改革なくして、この異常事態を打開する手立てはない。
ざいせい
日本の財政が危機的な状況にあると言われるようになってきてから久しい。日本の国際はほとんどが国内の投資家によって保有されていること。そして、日本政府は、資産を大量に所有しているため、いざとなればそれらを売却すればなんとかなる。そんな、意見も飛び交っている。
日経新聞や財務省よりの政治家の方々は、早く増税をすることで財政再建を図らなければ、日本の国際に対する信認が失われると盛んに声を上げる。
一方で、産経新聞さんを筆頭に、景気が冷え込んでいる時に増税するなんてとんでもない。景気後退期での増税は景気をさらに冷え込ませ、税収を減らす結果となる。といった論調を展開される経済の専門家の方々も多いのも事実だ。
税率はそのままでも、景気が上向けば、税収は増えるという理屈もよくわかる。日本国債の信用度が最も高く、プライマリーバランスが最も好転したのが、小泉政権時代だったという事実は、各種の統計が物語っている。
いずれにせよ、自らの既得権益を守ることだけではなく、日本国民の事を真剣に考えてくれる政治家を求めたいものだ。
成功者の陰で
幼い子供に聞く、将来なりたい職業ランキングで、決まって上位に来る「スポーツ選手」。プロ野球選手、サッカー選手、水泳選手。華やかに活躍する姿は、いつの時代も子供の憧れの的であり、子供に夢と希望を与えるものである。
かつて日本を代表する選手として活躍した二人のスポーツ選手の訃報が、最近伝えられた。
158キロの剛速球で日本球界やメジャーを沸かせた伊良部さんが42歳の若さで命を落とした。日米通算106勝を挙げた偉業は誰もが認める。自殺したとみられており、プロとして最後に在籍した阪神を2004年に戦力外になり引退した後の苦労の痕跡が伺える。
もう一人は、元サッカー日本代表ディフェンダーの松田直樹さんだ。練習中に急性心筋梗塞で倒れこの世を去った。中村俊輔、中田英寿、遠藤保仁と同世代で、トルシエ監督時代の黄金世代を支えた一人である。
華やかなプロスポーツ選手は、陰で日々絶え間ない努力を重ねている。プロの野球選手やJリーガーになれる人はごくひとにぎりのエリートだけである。そして、その中で活躍し名を馳せる人間はさらにひとにぎりである。
成功者が陰で人一倍の苦労を重ねていること、そして、成功者の影に隠れた多くの挫折者がいることを忘れてはいけない。
かつて日本を代表する選手として活躍した二人のスポーツ選手の訃報が、最近伝えられた。
158キロの剛速球で日本球界やメジャーを沸かせた伊良部さんが42歳の若さで命を落とした。日米通算106勝を挙げた偉業は誰もが認める。自殺したとみられており、プロとして最後に在籍した阪神を2004年に戦力外になり引退した後の苦労の痕跡が伺える。
もう一人は、元サッカー日本代表ディフェンダーの松田直樹さんだ。練習中に急性心筋梗塞で倒れこの世を去った。中村俊輔、中田英寿、遠藤保仁と同世代で、トルシエ監督時代の黄金世代を支えた一人である。
華やかなプロスポーツ選手は、陰で日々絶え間ない努力を重ねている。プロの野球選手やJリーガーになれる人はごくひとにぎりのエリートだけである。そして、その中で活躍し名を馳せる人間はさらにひとにぎりである。
成功者が陰で人一倍の苦労を重ねていること、そして、成功者の影に隠れた多くの挫折者がいることを忘れてはいけない。
人の自尊心
日本の文化でもある将棋の価値が再確認されている。将棋をやることで「考える力」や「集中力」が、身につくために、教育に生かそうという取り組みが話題を呼んでいる。何せ勝負の世界に年齢は関係ない。自分より遥かに年上の人を勝ち負かした時の快感がたまらないそうだ。
人間の自尊心。つまりプライドは、人に向上心を持たせ、人の努力を促す効果はある。しかし、その自尊心は時に、人間の醜く、滑稽な一面を露にすることがある。自分より優秀で仕事のできる部下に、厳しく当たる上司がいる。立場の弱い人間に高慢な振る舞いをし、自分の優位性を確かめようとする人がいる。傍から見ると見ると痛々しい光景である。人間、とりわけ男性に顕著に見られる傾向であるが、人より上位の立場に立つことに快感を覚える習性があるようである。
「負けました」将棋では負けた人間が、対戦の終わりに、自ら負けたことを宣告するのが「しきたり」である。人生は勝ち負けで割り切れないこと、上位下位で割り切れないことがたくさんある。負けた人間、下位の人間に対しても敬意を払える人間が魅力的に写ってしまうことのは私だけだろうか。
資格の役割
調理師免許持っているのに、ホールで採用されました。飲食店の料理場で、よく仕事ができるのは実務経験の永い人。調理師免許持っている、だからどうしたの。そんな雰囲気が現場を包む。
概して、日本の企業は、特に新卒採用に関しては、採用に際して資格の有無を重視しない。中途採用においても資格よりも経験を重視する傾向にある。余程、即戦力に直結する資格ではない限り、資格をもているだけで、フリーパスで採用されることなどありえない。資格を取ることの労力に比べると、あまりに低い評価しかされないのが現実だ。
行政書士。社会保険労務士。宅建。こと法律系資格に関して、司法試験、司法書士試験などの超難関試験を除けば、難易度が高い割に、資格取得後の展望は明るくない。行政書士や社会保険労務士として独立して生計を立てていくことはそう簡単なことではなく、就職せずに勉強したり、仕事を辞めて独立を目指すにはあまりにリスクが高い。普通のサラリーマンをやっていたほうが、余程、稼ぎがいい場合がほとんどである。
資格を持ってる事が、職務能力には繋がらない。それは一理ある。資格を持っていたところで仕事の出来ない人は沢山いる。知識ばかりあって実務能力の伴わない人は「頭でっかち」だと揶揄される風潮にある。
公務員の人気がまた上昇しているようだ。
組織にとって都合のいい人間を採用する。そんなのは当たり前だ。サラリーマンになりたくなければ、起業するか、士業にでもなればよい。サラリーマンが嫌でも、サラリーマン以外の道も生易しい世界ではない。既に確立された組織にお世話になること。それが多くの人が選択する道である。
限り有るもの
電力はお金さえ払えばいくらでも使えると思っていた。今机を照らしているランプ、テレビ、パソコン、家庭に溢れるあらゆる電化製品は、「電力」が動かしているもの。その電力が人工的に作られているものである以上は有限であるのは当たり前。それなのにもかかわらず私たちは一体何を勘違いしていたのだろうか。
何故か、食事をすると、いつもあまりモノが生じる食料も当然有限なものである。その食料価格の高騰が止まらない。新興国の需要増加や投機マネーの流入が要因とされる。
飲食店、スーパー、コンビニでは、当然のように大量の食料が廃棄され、米の作付を制限する減反までもが堂々と行われてきた。
世界には、食糧不足から、貧困に喘ぐ人々が沢山いることは、盛んに叫ばれてはきたが、経済活動の中で、恩恵を享受するために、資源を大量に消費することが黙認されてきた。しかし、いずれ限界は来る。一度手にした快適な生活が送れなくなる日もそう遠くはないのかもしれない。
NHKにしかできないこと
受信料を強制的に徴収できるのはNHKの特権。他の民放は無料で番組を見ることができるのにもかかわらず、なんでお金払ってまで、NHKの番組を見る必要があるの。受信料を払いたがらない方からそんな批判が出るかもしれない。もちろん、いろいろな考え方があるだろ。
しかし、放送局として、報道機関として、社会的な意義のある番組をつくり、社会的な使命を果たすという目的と、それが、ビジネスとして収益の上がる行為であるという目的は、しばしば相反する。
教育番組や教養番組などの社会的な意義のある番組や、社会的な使命は果たすが、スポンサーのつきにくい番組。NHKは、営利を求める企業ではまずできないような番組を多く制作してきた。番組制作費が高額な割に、視聴率のとれない番組や報道は民放では成し得ない。
NHKの民営化は予てより、叫ばれてきた。そうはいえども、収益を度外視し、社会的な使命や意義を追求する報道機関が日本からなくなることは、大きな損失になるに違いない。
受信料を強制的に徴収できるのはNHKの特権。他の民放は無料で番組を見ることができるのにもかかわらず、なんでお金払ってまで、NHKの番組を見る必要があるの。受信料を払いたがらない方からそんな批判が出るかもしれない。もちろん、いろいろな考え方があるだろ。
しかし、放送局として、報道機関として、社会的な意義のある番組をつくり、社会的な使命を果たすという目的と、それが、ビジネスとして収益の上がる行為であるという目的は、しばしば相反する。
教育番組や教養番組などの社会的な意義のある番組や、社会的な使命は果たすが、スポンサーのつきにくい番組。NHKは、営利を求める企業ではまずできないような番組を多く制作してきた。番組制作費が高額な割に、視聴率のとれない番組や報道は民放では成し得ない。
NHKの民営化は予てより、叫ばれてきた。そうはいえども、収益を度外視し、社会的な使命や意義を追求する報道機関が日本からなくなることは、大きな損失になるに違いない。
ひとりの日本人として
自衛隊は、本来、自国を守るために存在するもの。戦後の歴史的な経緯から、建前上「軍隊」ではないことになっている、日本の自衛隊は、活動内容が厳しく制約されている。
東日本大震災において活躍した自衛隊の活動は、「公共性」「緊急性」「非代替性」という三原則のの制約を受けている。福島第一原発の原子炉冷却のための放水作業、瓦礫撤去作用、さらには行政機能が麻痺した被災地での自治体機能まで担っている。まさに、何でも屋さんとして、活躍する自衛官からは、「自衛隊がここまでやらなければやらないのか」と不満も溢れる。
時に憲法違反だと批判され、海外メディアからは、堂々と「軍隊」だと報道される自衛隊。それにもかかわらず、「実力組織」「自衛のための必要最小限殿実力」と言い張る日本政府。様々な場面で活躍する、国家に不可欠な存在なのにもかかわらず、戦後六十年にもわたって、その位置づけを有耶無耶にする日本という国は一体なにものなのだろうか。
パーソナルゲノム
聞かない方がよかったと思う事がたまにある。悪口を言われない人なんていないんだから、自分の陰口は聞かない方が幸せ。
1時間50分、50万円で個人のDNA配列を解読するパーソナルゲノム。遺伝的に掛かりやすい病気やのリスクを特定し、その個人に最も効果的な薬の処方までわかることから、医療費の抑制にも繋がる。まさに夢の科学技術。
将来の病気のリスクが分かれば、それに合わせた予防もできるし、死ぬまで元気でいることができる可能性が高まる。しかし同時に、パーソナルゲノムの解読によって予期していなかった事実がわかることもある。知りたい情報だけではなく、知りたくない情報まで分かってしまう。
未来が見通すことができないからこそ、人生は面白い。「治療の可能なモノは知りたいが、そうでないものは知りたくない。」そんな要望には残念ながら応えることは難しい。
聞かない方がよかったと思う事がたまにある。悪口を言われない人なんていないんだから、自分の陰口は聞かない方が幸せ。
1時間50分、50万円で個人のDNA配列を解読するパーソナルゲノム。遺伝的に掛かりやすい病気やのリスクを特定し、その個人に最も効果的な薬の処方までわかることから、医療費の抑制にも繋がる。まさに夢の科学技術。
将来の病気のリスクが分かれば、それに合わせた予防もできるし、死ぬまで元気でいることができる可能性が高まる。しかし同時に、パーソナルゲノムの解読によって予期していなかった事実がわかることもある。知りたい情報だけではなく、知りたくない情報まで分かってしまう。
未来が見通すことができないからこそ、人生は面白い。「治療の可能なモノは知りたいが、そうでないものは知りたくない。」そんな要望には残念ながら応えることは難しい。
つぶらなひとみ
バスの中で、真剣に本を読んでいる私を邪魔してきたのは、好奇心に溢れ、楽しそうな少年。
必死で大人しくさせようとする母親の腕の中から乗り出して、強く握れば潰れてしまいそうな小さな手を私の目の前に差し出し、何か言いたげな笑顔で見つめてくる。
安らかに読書を楽しんでいた私も、少年の手を取り、思わず微笑んでしまった。
その様子を見ていた、周りの大人も暖かい眼差しで、周囲に迷惑を掛ける少年を、見守ってる。
一人の子供を生まれてから独り立ちさせるには、多大な労力と費用がかかる。親は自らの貴重な人生と貴重なお金を子供のために費やす。それが喜びでもあり、我が子のためなら苦労も厭わない立派な親御さんが世の中にはたくさんいる。
しかし、すべての親がそうであるわけではない。育児放棄、児童虐待。子供の痛ましい事件が後を立たない。子供は親を選べないが、親もひとりの人間である。すべての親が自らを犠牲にして子供に精力を尽くせる訳ではない。
何より、学校の先生、近所の大人など、子供の周りの様々な大人が、子供を指導し、社会全体で子供の成長を暖かく見守っていける社会。それが子供の成長にとって最も望ましいことなのではないでしょうか。
つぶらなひとみ
バスの中で、真剣に本を読んでいる私を邪魔してきたのは、好奇心に溢れ、楽しそうな少年。
必死で大人しくさせようとする母親の腕の中から乗り出して、強く握れば潰れてしまいそうな小さな手を私の目の前に差し出し、何か言いたげな笑顔で見つめてくる。
安らかに読書を楽しんでいた私も、少年の手を取り、思わず微笑んでしまった。
その様子を見ていた、周りの大人も暖かい眼差しで、周囲に迷惑を掛ける少年を、見守ってる。
一人の子供を生まれてから独り立ちさせるには、多大な労力と費用がかかる。親は自らの貴重な人生と貴重なお金を子供のために費やす。それが喜びでもあり、我が子のためなら苦労も厭わない立派な親御さんが世の中にはたくさんいる。
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何より、学校の先生、近所の大人など、子供の周りの様々な大人が、子供を指導し、社会全体で子供の成長を暖かく見守っていける社会。それが子供の成長にとって最も望ましいことなのではないでしょうか。



